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高松高等裁判所 平成2年(ネ)93号 判決 1992年1月30日

控訴人(附帯被控訴人)

右代表者法務大臣

田原隆

右指定代理人

田川直之

外五名

被控訴人(附帯控訴人)

濱口勝

濱口宏子

右両名訴訟代理人弁護士

隅田誠一

主文

一  本件控訴及び附帯控訴はいずれもこれを棄却する。

二  控訴費用は控訴人の、附帯控訴費用は附帯控訴人らの各負担とする。

事実

一  控訴人(附帯被控訴人、以下「控訴人」という。)代理人は、「原判決のうち、控訴人敗訴の部分を取り消す。被控訴人らの請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人らの負担とする。」との判決並びに附帯控訴棄却の判決を求めた。

被控訴人(附帯控訴人、以下「被控訴人」という。)ら代理人は、控訴棄却の判決を求め、附帯控訴として「原判決のうち被控訴人ら敗訴の部分を取り消す。控訴人は、被控訴人らに対し、各金五五六万一八〇四円及びこれに対する昭和五八年一〇月一日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。附帯控訴費用は控訴人の負担とする。」との判決並びに仮執行の宣言を求めた。

二  当事者双方の主張及び証拠の関係は、当審における双方の主張を次に付加し、当審における証拠につき、当審記録中の書証目録及び証人等目録の記載を引用するほか、原判決事実摘示(原判決書四丁裏二行目「右経過のほか」から同所四行目終りまでを「本件導流堤の構造は半透過式であるから、気象、海象等具体的諸状況の競合ないし複合の下で導流堤に砂州ができ、他方仁淀川の流水量が増加すれば当然砂州の下部の砂が右半透過式の間隙を伝って徐々に河中に流入し、遂には砂州の上部が陥落し蟻地獄状のようになることは容易に予測ができたのである。」に改める。)のとおりであるから、これを引用する。

(被控訴人らの主張)

1  控訴人の責任原因について(追加)

(一) 本件導流堤の管理者において、本件事故発生以前、本件導流堤に砂穴の発生していたことを認識していなかったとするならば、少なくとも事故発生の前日及び当日の巡視が不十分であったために砂穴の存在を見落したことになるから、この点に管理者としての義務違反(過失)がある。

(二) 仮に、設置者及び管理者として、台風に伴う仁淀川の増水等により本件導流堤に砂穴が生ずることについて全く予見していなかったとするならば、それは導流堤の設置、管理をする者として十分な科学的、実証的研究を怠ったという義務違反の結果というべきであるから、これが原因で適切な予防措置をとらず、そのため発生した本件事故に関しては、この点において控訴人の設置、管理の瑕疵による責任は免れない。

2  過失割合及び損害額について(変更)

本件事故については、昌也にもその責任の一端はあることは認めるが、昌也の過失は五割を超えるものではない。そこで原判決の認定した損害額に基づいて請求額を計算し直すと以下のとおりである。即ち、原審の認定した昌也の逸失利益は二三三三万五三五六円、死亡措置料は一万円、葬祭費は六〇万円、慰謝料は合計一〇〇〇万円であり、以上の合計額は三三九四万五三五六円であるから、この五割に相当する一六九七万二六七八円が控訴人の支払うべき賠償額となる。したがって被控訴人らは、各自その半額の八四八万六三三九円に弁護士費用として各八〇万円を加えた金額九二八万六三三九円とこれに対する本件事故発生日の翌日から支払ずみまで民法所定年五分の割合の遅延損害金の支払をそれぞれ求めるものである。

(控訴人の主張)

1  事故発生の予見可能性がなかったことについて

本件事故現場は、最も近い人家からでも一キロメートルも離れた場所であり、当時その西側は本件導流堤及びその北方に続く高潮堤によって、また、北側は海岸管理者の管理する堤防によって囲まれ、居住区域から隔絶した場所であった。一般公衆が本件導流堤の起点方向から本件事故現場付近へ行くためには右高潮堤を越え、西側が海水面となっている天端幅が約三メートルの導流堤上を約四〇〇メートルも歩かなければならず、また、右堤防から本件事故現場付近へ行く場合にも、最も利用され得る進入口を例にとれば、本件導流堤東側の砂州を約九〇〇メートルも歩かなければならないのである。したがってこのような危険な場所は子供の遊び場になりようがなく、本件導流堤付近で釣り、漁、散歩あるいはキャンプをする者があっても主として成人によるものであって、実際的にも保護者の同伴しない子供の遊ぶような利用状況ではなかったことからすれば、河川管理者としては、事理を弁識する能力を有する者のみが利用するものであることを前提として、本件事故現場付近が一般的に他の場所と比較して危険な地域であることを周知する措置を採ることをもって足りると解すべきであり、事理弁識能力の低い幼児等が単独で利用することまでも考慮してこれに対する危険防止の措置を採らなければならないものではない。

因みに、亡昌也は、当時小学校四年生(一〇歳)であり、十分事理弁識の能力を備えているはずであるが、本件砂穴の周りで砂を穴の中に落とし込んで遊んでいるうち、足を滑らせて右砂穴に転落したものである。同人は敢えて危険であることを十分了知しながら右行為に及んだものであって、本件事故は、河川管理者にとっては、予見しえない被害者の行為の結果発生した事故であると言わざるをえない。

2  砂穴発生の予見可能性がなかったことについて

本件事故の発生した昭和五八年当時は河川工学、海岸工学の分野において、砂穴の発生について科学的、実証的な研究は行われていないし、現在においても砂穴発生に触れた文献はない。本件導流堤のような形式を採用している事例は全国的に見ても割合多くあるが昭和五八年以前において導流堤付近で砂穴が発生した事例はなかった。

3  導流堤巡視の目的と砂穴の発見について

台風の接近、通過の際の導流堤巡視の目的は、主として台風の影響による導流堤の破損、倒壊等の異常の有無を点検することにあり、砂穴の発見は本来の目的とはいえない。しかしながら、巡視は導流堤の上を歩行しながら状況を目視することによって導流堤の異常を点検し、砂の状況からも異常の有無を判断することがあるので、導流堤自体の損傷等の有無だけではなく、その付近の状況も目視の対象となり、導流堤付近の砂穴が発生しておれば当然それも目視の対象となるので、その意味では砂穴の発見も導流堤巡視の目的に含まれているということができる。しかし砂穴の発見は、巡視の付随的、結果的なものであって個々の国民に対する義務ではないばかりか、前述の本件導流堤付近の場所的環境及び利用状況等に鑑みると、仮に巡視によって砂穴を発見した場合でも、既に導流堤付近において立札を立てるなど一般的な危険の警告をしているから、特に改めて危険回避の措置をとるべき義務はない。

理由

一被控訴人らの二男昌也(昭和四八年六月一二日生れ)が、昭和五八年九月三〇日午後五時前ころ高知県吾川郡春野町仁ノ所在の仁淀川河口付近左岸導流堤の東側の砂浜にできた蟻地獄状の砂穴に落ち込み、同日午後五時頃窒息死したことは、当事者間に争いがなく、昌也の落ちた蟻地獄状の砂穴(以下「本件砂穴」という。)の所在位置、形状及び大きさ並びに本件砂穴に落ちる直前の昌也の行動については、原判決書一丁表六行目から同丁裏一〇行目までにおいて認定するところと同一であるから、これを引用する。

二本件砂穴が、控訴人の設置、管理にかかる導流堤に接した個所で、控訴人の管理にかかる土地部分に生じていたことは当事者間に争いがなく、被控訴人らは、控訴人が導流堤の設置、管理者として本件砂穴の発生を認識しながら立入禁止等危険防止のための措置をとらなかったこと、もし砂穴の発生を認識しなかったとすれば、監視体制が不十分であったことになるし、全く砂穴の発生を予見しなかったとすれば、導流堤の構造からくる砂穴発生の可能性に関する事前の研究が不足していたことになり、いずれにしろ、控訴人に導流堤の設置、管理者としての義務懈怠による責任があると主張するので以下検討する。

1  本件砂穴の発生

本件導流堤設置の経緯、位置、規模及び構造が引用にかかる原判決摘示の被告(控訴人)の主張(1(一)(1)、(2)のうち原判決書八丁表初行まで)のとおりであることは、当事者間に争いがなく、昭和五八年九月二〇日南方海上で発生した台風一〇号の影響により高知地方にも雨が降り仁淀川の水位が上昇した経過及びその状況並びに建設省四国地方建設局高知工事事務所長が同月二六日午後二時から同四時頃までの間、建設機械二台を使用して導流堤西方約一〇〇メートル地点の砂州を幅一〇メートル、深さ一メートル程度まで開削したこと、昭和五八年九月二八日夕方頃本件導流堤の先端部(海岸寄り)近くに直径四〇ないし五〇センチメートル位の砂穴が二個でき、これら砂穴が本件事故時までその数も増え、形状も大きくなっていったことは、原判決書一七丁表九行目から二〇丁表三行目「認めることができる。」までに認定するところと同じであるから、これをここに引用する。

当審における証人大森留喜の証言は、右認定を補強するものであり、当審のした検証の結果によれば、九月二八、二九及び三〇日の巡視の際本件導流堤を目視したとする仁淀川河口大橋上からは本件砂穴を認識することは不可能であると認められるから、右巡視の際砂穴は認められなかったとする原審証人横田勝義、西原修、宮崎武夫及び武智進の各証言は措信できず、他に右認定を妨げる証拠はない。

(なお、証人宮崎武夫は、二九日には本件導流堤上を徒歩で巡視したと証言するが、もしそのようにしておれば砂穴は当然発見したであろうことは、砂穴の大きさ、発生した位置からして明白であって、右証言部分は到底信用することはできない。)

右認定の事実によれば、台風一〇号は仁淀川流域に大量の雨を降らし、仁淀川に多量の雨水が流入してその水位が上昇したところ、当時仁淀川河口には流れをせきとめるような状態で広がっていた砂州が河川水の海への流出を阻害していたので、九月二六日右砂州を先に認定した範囲で開削したことにより、急速に河川水が海に排出されて水位が低下し、更に台風通過後の二八日にも急速な河川水の水位低下が見られたことと、本件導流堤は、もともとその東側の内水を仁淀川に導水させるために設置されたものであって、砂穴の発生した場所では基礎部分に厚さ四メートルの捨石を置き、その上部に高さ1.5メートル、幅1.4メートル、長さ二〇メートルのコンクリートブロックを千鳥状に積んでその間に平均四〇センチメートルの隙間を設けた半透過性の構造をもたせていたことから、仁淀川の河川水が急速な勢いで海に流れたことにより、本件導流堤の基礎が水で洗われ、その水の流れのためその上部を覆っていた砂が下に吸い込まれる形となってその個所に蟻地獄状の砂穴が生じたものと推認でき、右推認を妨げる証拠は存しない。

2  控訴人の責任

(一)  <書証番号略>、及び右各証言並びに弁論の全趣旨を総合すると、

(1) 仁淀川の河川管理は、建設省四国地方建設局高知工事事務所が所管し、仁淀川河口大橋の東方約五〇〇メートルの所に仁淀川出張所を設け、日常河川維持改修工事の監督及び河川管理等の業務を行っているが、右出張所には建設省の職員が所長を含め六名在駐している。

(2) 出張所長は、河川法等関係法令に基づき河川管理者とされ、部下の河川巡視員に命じて河川の巡視に当たらせているが、河川巡視の目的は、河川管理施設の点検、状況調査であり、本件導流堤についても、その巡視の対象となっていた。

(3) 導流堤巡視においては、導流堤自体の損傷の有無ばかりでなく、その付近の状況も含まれるので、砂穴が発生した場合にはその状況も当然巡視の対象に含まれるものであった。

(4) 昭和五八年九月当時、仁淀川出張所長は横田勝義であり、河川管理者であって、部下の巡視員は、管理委託先である株式会社建設管理コンサルタントから派遣された宮崎武夫であった。

(5) 所長横田は、同月二七日から二九日までの三日間台風による被害状況目視のため特別巡視を実施し宮崎が巡視にあたった(二九日は係長西原修が宮崎に同行した。)。しかし同月三〇日は一般巡視とし、昭和五八年度当初に立てた計画に従って宮崎が巡視を行った。

(6) 宮崎は、右各巡視の際本件導流堤を、約四〇〇メートル北方の仁淀川河口大橋上から望見しただけで導流堤上を歩行するなどして現状を確認せず、出張所長に対し、堤防護岸等には異常はないと報告し、砂穴の存在を現認するには至らなかった。

以上の事実が認められる。右認定に反し、九月二九日には本件導流堤上を徒歩で巡視したとの前掲証人宮崎の証言部分は措信できず、他に右認定を覆すに足る証拠はない。

(二) 右認定事実によると、仁淀川河口付近導流堤及び砂穴の発見を含む導流堤付近の状況目視は、建設省四国地方建設局高知工事事務所仁淀川出張所長の職務であり、昭和五八年九月二七日から同月三〇日までの間毎日巡視をしていながら、本件砂穴を発見するに至らなかったのであるが、前示認定のとおり、遅くとも九月二八日には本件導流堤の先端から上流寄り付近に二個所砂穴ができ、二九日朝には同所付近に更に数個の砂穴が発生していたから、巡視員宮崎において本件導流堤付近に近付き目視しておれば、遅くとも二九日の巡視の際には本件砂穴の発生場所、その大きさからしてこれを容易に発見し得たと認められるのに、それをせず、単に四〇〇メートル余り離れた仁淀川河口大橋上より本件導流堤を望見したのみで巡視を終えた行為には、巡視義務を十分に尽くさなかった違法があるというべきである。けだし導流堤の損傷その他付近状況の目視は、その性質上導流堤上に赴いてするのが必要不可欠のことだからである。

(三) 控訴人は、本件導流堤付近に砂穴の発生することは予見不可能であったと主張するが、砂穴は外部に現われない隠れた現象ではないから、仮に砂穴の発生を予想していなかったとしても、導流堤の現場に赴いて目視しておれば(そうすべき義務のあることは前示のとおりである。)容易に発見されたものであることは明らかであるから、当時の河川工学、海岸工学からも予見不可能であったとして不完全巡視の責任を免れることはできない。

(四) また、控訴人は、右巡視は個々の国民に対する義務ではないと主張するようであるが、たとえ国民個人に対する義務でないとしても、導流堤の設置管理責任のある国家公務員がその職務を怠り、その結果他に損害を与えた場合は国家賠償法に基づき損害賠償責任を負うことはいうまでもない。

(五) 更にまた控訴人は、本件導流堤は、集落から遠く離れ、危険な場所であって子らの遊び場になるような場所ではないから、たとえ砂穴が発生しても既に立看板で危険を警告している以上に改めて危険防止の措置をとる必要はないと主張する。

しかし、<書証番号略>、前掲証人新階恒秋、奥村輝之、原審証人井上恒俊の各証言、原審における被控訴人濱口勝本人尋問の結果並びに当裁判所の検証結果によれば、本件導流堤(起点)は、仁ノ本村の集落内にある被控訴人宅から車の走行距離で約三〇〇メートルしか離れておらず、導流堤東側に広がる砂州や仁淀川河口付近は、しらすうなぎの採取、淡水魚の漁場や遊泳、散策の場所として、大人、子供を問わず集落住民の訪れる場所であったことが認められるから、本件導流堤の設置管理にあたる仁淀川出張所長においては、砂穴の発生を認めた場合には、導流堤付近一帯への立入りを禁止し、或は砂穴周辺に防護柵を設けて転落の防止をはかるなどの処置をとるべき義務があるというべきである。控訴人が主張する既設の警告立札は、前記当裁判所の検証結果及び弁論の全趣旨によって昭和五八年一〇月一日撮影した本件導流堤の写真であると認められる<書証番号略>によると、遊泳禁止とブロック(テトラポットと思われる)の上に乗ることの危険を警告するものにすぎず、本件導流堤及びその付近砂浜への立入禁止ないしはこれに伴う危険の警告ではないと認められるから、右のような既設立札のあることをもって本件のような砂穴への陥落の危険防止義務が尽くされていると認めることはできない。

(六) 以上のとおりで、建設省四国地方建設局高知工事事務所仁淀川出張所長の過失による巡視義務違反(不完全履行)は、本件導流堤管理の瑕疵ということができるから、控訴人は、国家賠償法二条一項により、本件事故によって被控訴人の被った損害を賠償すべき義務がある。

三被控訴人らの被った損害の算定に関しては、原判決書二三丁表六行目から二五丁裏五行目までに説示(ただし、原判決書二三丁表末行「昭和五七年における産業計の男子労働者」を「昭和五七年賃金センサス男子労働者学歴計全年齢平均」に改め、二四丁裏五行目「慰謝料は」の次に、「昌也の慰謝料を相続したものと固有の慰謝料を併せ」を加え、二四丁裏末行「また、」から二五丁表九行目「形跡はない」までを「他方本件導流堤の管理にあたる仁淀川出張所長は、その課せられた巡視義務を完全に果たさなかった結果本件砂穴の発見ができず、そのため危険防止の処置をとらないうちに本件事故が発生したものであって、その義務違反を軽視することができないものであるが、」に改める。)するとおりであるから、これを引用する。

四よって、控訴人は被控訴人らに対し各三七二万四五三五円及びこれに対する本件事故後の昭和五八年一〇月一日から完済まで民法所定年五分の遅延損害金を支払う義務があるというべきであるから右の限度で被控訴人らの請求を認容しその余を棄却した原判決は相当であり、本件控訴及び附帯控訴は、ともに理由がないからこれらを棄却し、控訴費用の負担につき民訴法九五条、八九条、九三条一項本文を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官安國種彦 裁判官山口茂一 裁判官井上郁夫)

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